このドラマはフィクションです2009年05月01日 22時50分

今まで「木枯し紋次郎」を観ていた。久しぶりの時代劇もいいものだ。画面もビデオっぽくなく綺麗てよかった。

ただ、最後のナレーションがいただけなかったし、主題歌のトランペットが駄目だった。

まあ、それでも安いドラマが多い中、なかなかの力作だと思う。中村敦夫は貫禄だった。

それにしてもこれは時代劇である。実話とか虚構だとか気にする者がいるのだろうか。最後の最後で噴出しそうになってしまった。

このドラマはフィクションです

このドラマはコメディだったのか。

厚切りバリウム2009年05月01日 23時59分

メタボ健診に行ってきた。二度目である。近所の病院で受け付けているので今年もそこに行った。

先日同僚らと病院の話になったときに一人が「病院によってオペレーションの上手い下手がある」と言っていた。

医者のいい、悪いはよく言われることだが、運営まではあまり気にしたことがなかったので面白い着眼点だった。その同僚は骨折して比較的大きな病院に通っているのでそういうところが目に付いたのだろう。

そういうと別の者らもいろいろ言い出した。纏めるとこんなようなことだった。

予約しているのに一時間以上待たされる
病院内で盥回しされる
病院内の意思疎通ができていない
職員の態度が横柄である

今日行った病院はあまり好きではないので、できれば他の病院で受けたいのだが、それ以外でメタボ健診をやってくれるところが近所にないのだ。仕方がないのでここで受診している。
何が気に入らないかというと説明はともかく撮影した画像もまともに説明してくれない、それどころかあまり見せても貰えない。メタボ健診は費用を出してもらっているので、あまり強く言うつもりはないが、以前人間ドックをやってもらったときもそんな感じで撮影したヘリカルスキャンすらしっかり見せてもらっていない。人間ドックは健康保険で面倒見てくれるわけではないので当然自前である。フィルムが所有権を主張するのすらおかしいのではないかと思うが、当然ながらフィルムは渡してくれない。これが気に入らないので病院の印象が決定的によくない。それ以外に悪い印象はあまりないので、肝腎なところがあまりよくないということになる。

人間ドックのことを書くつもりではなかった。
メタボ健診は去年から始まった制度である。私は早く済ませたかったし、この国では健康診断といえばこの時季というのが相場なので、気分の出る時季にしようと考えて春にした。おそらく「この時季」というのは学校の健康診断がこの時季なのでそこから来ているのだろう。
中小企業の中には費用をケチって健康診断をしない会社もあるようだが、うちはそこまでけちではないにしても一年十三箇月くらいの間隔で健診するものだから、いつからかずるずる延びて最近は晩秋というか初冬というかそういう時季にやるようになっていた。別に冬でもいいのかもしれないが、時季にしていれば忘れることもないし、気分が逆撫でされることもない。メタボ健診になってからは自分で時季も選べるので、この時季に健診している。

というようなわけで会社から案内が来たらさっさと申し込んでいる。ところが去年は最初だからかどこもしくみがよくわかっておらず、申し込みですら会社と病院で盥回しにされた。実際の健診のときはそれほど手際が悪いという印象はなかったが、放射線科の待合から他人の X 線画像などが液晶画面に表示される様子が見えていたりして、誰のものかはわからないにしても個人情報があんなふうに見えていいのかとぼんやり考えたりしていた。今年は改装されていて、待合からそういう画像が見えるようにはなっていなかった。常時表示されるわけではなかったが、いい暇潰しになっていたし、病院もコンピュータネットワークであんなデータが流れているのだと感心したものだった。

今年は去年以上にスムーズに進み、待たされるのは仕方ないにしてもうんざりするほど待たされることもないし、健診に対応するためか一部改装しているところもあり、資料を纏めるケースなども準備され、かなり整備された様子であった。ただ、きちんと問診票に記入しているにも拘らず病歴を訊かれるのには毎度うんざりする。何のために書かせているのか。

メタボ健診ではバリウムを飲まされる。今のバリウムは随分飲みやすくなったらしいが、親父が昔「あんなもの二度と飲みたくない」と言っていたのが記憶に残っていたので、人間ドックのときも通常であればバリウムを飲むのだが、それが厭で追加料金を払って内視鏡にしてもらった。
なのでバリウムは去年の健診が初体験である。メタボ健診で何が厭かといって検便も厭だが一番厭なのがこのバリウムだ。味は言うほど不味くはないので飲むことそのものはそれほど厭ではないのだが、胃を膨らませる薬剤を飲まされてその上台の上をごろごろさせられるので、げっぷを堪えるのに苦労する。これが一つ目の理由だ。二つ目は健診が終ってからちゃんとバリウムが体外に出てくれるかどうかが心配だということだ。去年は下剤を飲んだにも拘らず、最初の出が悪くて若干苦しんだ。
今年は比較的順調に出ているようだが、それでもできることなら勘弁してもらいたいところだ。

まあそういうことはあるが、この病院の今年のメタボ健診に関するオペレーションは比較的スムーズではなかったかと思う。同僚の話の病院はかなり手際の悪いオペレーションをしているようだが、ここ十年くらいの間に私が行った比較的大きな病院はどころもそれほど酷いところはなかった。尤も大きい病院にはそんなに行っていないが。

今日の病院で、説明が画像を示しつつ丁寧であればそんなに毛嫌いすることはないだろうと思うが、病院のサービスはオペレーション以上にそこの説明だと思うので、個人的にはそこを何とかしてもらいたいものだと思っている。

HDD 交換2009年05月04日 15時45分

「HDD の入れ替えに悩む(http://zeny.asablo.jp/blog/2009/02/28/4144884)」に書いた通り、永らく懸案だった、ノート PC の HDD をついに交換した。
一応データだけは毎月バックアップしているので、次のバックアップ直前に壊れると困る度合は大きいにしても、ある程度のデータは残っている。それより困るのは、壊れるとすれば大抵忙しい時期に決っている。それから HDD を手配してインストールだのセットアップだのやっている時間が取れるかどうかわからない。大体 HDD の交換を始めると、元の状態にするまで丸一日以上かかる。平日なら帰ってから作業することになるので一週間程度何もできなくなってしまう。暇な時期なら休みを取って作業することもできるだろうが、生憎今は忙しいので休みも取りにくい。

XP のサポートが完全に終る頃までは使い続けられるだろうということで 2日に日本橋まで自転車を飛ばして買ってきた。通販でもよかったが、価格.com で調べたモデルの最安のショップが日本橋だったので運動がてら行くことにした。

HDD の交換となると一番手っ取り早いのが環境をそのまま引越すことだ。ウェブを探せば無数に出てくる。今回の目的は PC の延命と HDD の更新であっても不要なものまで新しい環境に持ち込みたくはない。特に今では使用していないデバイスのドライバなどは入っているだけで無駄であるし、これからも何かといろんなものを追加していくことになるだろうからだ。

2日は HDD の内容を外付ドライブにコピーするだけでほぼ終ってしまった。Windows のバックアップユーティリティが XP のインストールディスクに入っているからそれをインストールすればよろしいと書いてあったので、実行してみる。これが使えない。バックアップを開始していきなり「使用しているファイルがあるのでバックアップできない」とか何とかいうメッセージを出して停止してしまう。あちこちいじってみたが駄目なので、仕方がないから手でコピーする。どうせ全部コピーしなければならないわけでもないし、必要なものが新しい環境で使えればいいだけなので、復元に必要なデータを中心にコピーする。レジストリなども設定を省略するために必要と思われる部分だけファイルに書き出したりした。

HDD の交換はあらかじめ調べていたので、すぐに終る。XP のインストールは手間はかからないが、ドライバのインストールが手間だった。さらに新しいバージョンのドライバを追加でインストールしたりし、アプリケーションを順にインストールしていく。
曲者はアプリケーションだ。レジストリだけ書き出しておけばいいものやら、設定ファイルをコピーする必要があるものやらいろいろあって面倒である。一番神経を遣ったのが iTunes だ。下手なことをすればデータの取り込みで苦労しなければならない。iTunes をインストールし、レジストリを上書きするが元の状態で起動してくれない。ライブラリに何も入っていない。とりあえずライブラリのディレクトリを指定して iTunes を再起動するが、変化は見られない。少し焦る。そういえば FireFox などはアプリケーションの設定が Documents And Settings に入っているというのでコピーしてある。iTunes のデータをコピーしてみる。立ち上げると漸く元の設定で起動してくれだ。
そんなこんなで結局 4日の昼までかかる。

さて、速度はどうか。ベンチマークの測定など興味もないし、僅かな数値で一喜一憂しても馬鹿らしいだけなので、新旧の起動時間を調べてみた。古い HDD では電源投入から立ち上がるまでに三分程度、新しい HDD では二分程度で起動する。一分も短縮されているではないか。
さらに HDD の交換による部分と、クリーンインストールによる部分を調べることもできなくはない。ちょっとは気にならないわけではないが、そこまでするのも面倒だし、それでどうだというのもあまり意味があるとは思えない。速度が目的なら、こんな古い PC を使い続けるのではなく、新しいものを買えばいい。僅かな速度を求めて古い PC をグレードアップするのが目的ではなく、いつ寿命が来てもおかしくない HDD を交換して安心するのが一番の目的で、容量増大が二番目の目的だ。ついでにちょっと速くなれば儲けものという程度のつもりなのに、そこまで手間暇かける意味はない。起動が一分速いというだけで十分過ぎるほど高速化している。

次にこのPC の HDD を交換するというのはあり得ない。そのときは PC を買い換えるときだ。固定資産としてもそろそろ償却が終る時期の PC である。初代のうちの会社のサーバではないが、十年も使えれば大したものだ。
そんなところに手間と金をかけるくらいなら、わが家のサーバの更新を考えなければならない。これは Atom と CF カードで組みたいのだが、CF で頻繁に書き換えるとすぐに駄目になるらしい。/var/ と /home だけ HDD にしてシステム部分を CF カードにすれば書き換え頻度は減るが、それでは HDD が必要になるので CF にする意味はあまりない。どうせそんなに大した処理はしていないのだから低消費電力のマシンにしてファンと HDD をなくせば寿命も延ばせるだろうと考えているが、もう少し検討してみよう。そのうち SSD も手頃な価格になっているかもしれない。

Wikipedia を読み耽る連休2009年05月06日 22時30分

この連休の最大のテーマが HDD の交換だったとしても、自分でも呆れるほど何もしなかった。というのも Wikipedia を読み耽っていたからだ。

元はといえば「徳政令」だ。ウェブのある記事を読んでいると、この「徳政令」ということばが出てきた。つい私は Wikipedia でこれを調べたのだった。そこから始まってリンクのことばを次つぎクリックしながらいろんな記事を読み耽っているうちにもう連休最終日だ。シベリアを横断し、ベルリンの壁まで崩壊したのに、まだ元の徳政令に戻っていない。

結局、読もうと思っていた本も読んでいないし、整理しようと思っていた写真もさっきから整理し始めたような具合だ。二日仕事すれば一応週末だ。出勤しなければならない可能性もあるので「一応」だが、徳政令に戻るまで休んで残りの記事も読み切ってしまいたい気分である。

有意義だったのかどうなのかよくわからない連休だったが、渋滞に巻き込まれて無駄に時間とガソリンを消費することを考えれば、北朝鮮にも電子楽器を使った美人のバンドがあることも知ったし(すでに活動停止状態らしいが)、少しは有意義だったと思いたい。

2009年05月10日 22時30分

「“春”でプラハでチェコ映画… 猫も驚く緻密な世界」(http://trendy.nikkeibp.co.jp/lc/mako/090420_movie/)という記事があるのは知っていたが、読まずに放置していた。さっき読んで「コメント:0件」とあるので、コメントできるのかと、コメントしようとしたら受付を終了していた。トラックバックも受付終了していたので、手も足も出ない。日経 BP はなぜ期間限定にしているのだろう。

記事は 1960 年代の映画について書いてある。チェコの映画というのは見たことがないが、同時期の美術作品はシドニーに行ったときにたまたま現代美術館で "After the Spring" という特別展をやっていて、そこで見たことがある。上記の記事で映画は三本紹介されているが、何だかアートも同じような雰囲気があった。「いくらテクノロジーが進んでCGが発達しても結局手描きの迫力が勝ってしまう、という話を聞きますが」と記事にあるが、私が展覧会で一番強烈な印象を受けたのがそれだった。新婚旅行にプラハを選んだのにはこれが一番影響している。
前にもどこかに書いたように思うが、その美術館の常設展で展示されていたナム・ジュン・パイクの映像作品が退屈に思えたものだ。今のハリウッド映画の CG なんかでもそうだが、絵としては完成度が確実に上がっているのに面白くも迫力もないというのがそれだろう。
うまく説明できないが、Macintosh が登場して Windows 3.1 が登場する頃までのパソコンにはわくわくするものがあったのに、今では Macintosh も Windows もそうしたわくわくとは無縁になってしまったことも同じようなところに根はあるような気がする。iPod だの iPhone だのといっても結局今のパソコンの延長線上にあるもので当時のわくわくした気分とは違う、単に技術を喜ぶところで人が騒いでいるだけのような気がし、技術の進歩と創造的な可能性が反比例しているように思えてならない。

今では二次元の理想的な女性(とは思えないのだが)ばかり見ているから本物のヌードが汚くて気分が悪くなるという美大生なんかもいるらしい。そうして何もかも現実離れしたものが現実として捉えられている世代が主流になってくるのは必然だが、そういう意味では彼らは不幸なのかもしれない。技術が未熟なうちはいろんな制約があり、そこから苦労して何かを実現するという制作者の腕の見せ所だったり、他人が思いもつかない使い方であっと言わせるようなこともできたのだろうが、技術が進歩すると、そういう部分が減って、自分の作品の完成度を上げる方向にしか人の意識が向かなくなってしまうのだろうか。Flash で動くカラフルで滑らかな動画なんかよりハイパーカードのスクリプトで動く点描ギザギザの白黒画像の方がよほどわくわくさせられたものだ。「完成度のパラドックス」とでも言えばいいのだろうか。理想としてきたところに理想は存在しないのかもしれない。

タイポグラフィもそうだ。今や文字はほぼすべてコンピュータによって出力されている。印刷物ですらそうだ。個人で手軽に印刷物が作れるという私にとって夢のような時代になったのだが、文字の表情が無機質になってしまった。以前は写植とオフセット印刷で印刷物の表情がのっぺりとしてしまったとよく言われていたが、それでも今の印刷物からすればまだ表情があった。文字を拡大すればわかるが、ベジェ曲線だのスプライン曲線だのという数学的曲線はシャープに違いないが、表情はない。解像度も商業レベルでも不満のないレベルに到達してしまったが、文字の再現技術は組版された文字に以前のようなゆらぎとかノイズが付加されるような技術が出てくるのではないかと思っている。というか個人的には期待している。

表題は「猫」の間違いではないのかと思われるかもしれない。すっかり表題と無縁の話になってしまった。

うちの三階のバルコニーには両側に屋外照明を設置している。バルコニーが少し広いので、夕涼みなんかをしたりすることもあるだろうと新築時に取り付けたものだが、そういう用途で使ったことはあまりない。もっぱら夏の夜に芝に水を撒くときの照明に使うくらいのものだ。
両側の照明は僅かに違う仕様のものを取り付けているが、鳥には違いがわかるとは思えない。ところが、西側の自動点灯する方の照明器具にはよく止っているらしい。もう一方の器具には寄り付いている気配すらない。東隣には同様に三階建ての隣家があるため見晴しがよくないからだろうか。西隣は二階建てなので確かに見晴しはいい。
器具の周囲に糞が付着していたり、軒下も汚れている。去年までは器具やその下のバルコニーの床に糞が付着している程度だったのだが、軒下の天井側が泥だか何だかわからないもので汚れだしている。そのうち酷いことになるのも厭だし、年末の大掃除でそんな高いところの糞掃除をするのもご免なので、何か対策をしなければと考えていた。以前猫よけに路地に設置していた剣山のようなものを今は撤去して余っているので、それを照明器具に被せてみることにした。単に被せただけだと落されてしまうので、タイラップで括ってみた。
さて、どうなるだろうか。

靴下の砂2009年05月12日 22時35分

前から書いているように一日の平均歩行距離は 1 km あるかないかだと思う。これは事務所内やらを含めての話である。
屋外となるとおそらくその半分もないのではないかと思う。それ以外の屋外は大抵自転車を漕いでいることになる。

ところがここに不思議なことがある。家に帰ると、どういうわけか靴下の中に微量だが砂が入っている。舗装道路でも少しは砂があるとはいえ、実際に足を地面に着けるときといえば信号待ちのときくらいだ。それなのにほぼ毎日家に帰ると僅かに靴下の中に砂である。

事務所の中には砂はないし、当然家の中にもない。なのにこれは一体どういうことだ。いつ砂が靴下の中に入ってくるのだろう。誰かがマジックでもしているのかと思いたくもなるが、そんなことをして嬉しい人がいる筈はないし、誰もそんな地味なマジックをするとも思えない。意地悪にしても地味すぎる。さっぱりわからないのであった。

オープンカーで散財2009年05月16日 14時10分

Yahoo! のニュースを見ているとドイツでオープンカーを試乗している最中に現金が風で飛ばされたという記事があった。詳しい状況や事情はわからないが、記事を読む限りだと単なる馬鹿者に読めてしまう。

警察に連絡して道路を封鎖までして回収したらしい。

持っていた現金は 23.000 ユーロというから車が買えるくらいの現金だ。現金で買い叩くつもりだったのだろうか。いずれにしても普通持ち歩く金額ではないが、そんなものを持ち歩くような金持ちならば「オープンカーに試乗して散財したよ」くらいのことは言ってもらいたい気がした。

走る2009年05月20日 23時55分

まったくインフルエンザだ。

今日は送別会のようなものがあるので、自転車で出勤できない。行きはバスだった。このバスは常時走っているわけではなく、路線バスではあるものの日に二本しかないという貴重なバスで、それに乗れなかったら途中から電車を利用しなければならなくなる。つまり電車を利用する分だけ交通費が嵩むことになる。

ただでさえ公共交通機関には縁がなくなってしまった上に、こんな時期に公共交通機関を利用するのはうんざりだが、朝から歩くほど時間に余裕があるわけでもない。乗ると予想に違わず半数以上の乗客がマスクをしている。お蔭で自分はマスクをしなくて済んだ。

マスクがどの程度有効かはわかっていないし、その有効性も証明されていないという話を聞いた。特に患者が菌の拡散を防止するという目的よりも、予防目的のマスクは効果があるかどうかすらわかっていないという。それよりも有効なのは手洗いらしい。空気感染ではなく飛沫感染だから理屈はわからないでもない。特に注意すべきはドアノブらしい。ということになればマスクをするより使い捨ての手袋こそが有効ではないかと思えるが、誰もそんなことは言わない。

ということで結局マスクはしなかった。職場でもマスクをしている人は多いが、該当自治体の住民でも家族に患者がいるわけでもないので今のところマスクからは無罪放免である。

帰りは一本で帰れるバスはないので、採用してもいいと考えられる方法は以下の通り。

・途中まで電車に乗って以後徒歩で帰る
・途中まで歩いてそこからバスに乗る
・まったく別のルートを電車で帰る
・すべての区間を徒歩で通す
・マラソン、あるいはジョギング

本当は途中まで電車というのが安上りで便利なのだが、マスクをしなければならないのではないかという強迫観念に囚われるのが厭で、結局歩いて帰る。

試しに少し走ってみた。駄目だった。息が上がるというような無様なことにはならないが、馴れていないせいもあって脚が疲れる。1 km ほど走って諦めた。運動不足のようなものを感じて厭な気分になる。同じ脚を使うものでも、走るのと自転車でこれだけ違うのかということを改めて思い知る。本来はマラソンができれば一番いいのだ。簡単なウェアと靴さえあればいつでもどこでも、それこそ思い立ったが吉日という感じで走れる。自転車はそうはいかない。当り前の話だが、何しろ自転車がないと始まらない。おまけに飲んだときには乗れない。
飲酒してジョギングしてはいけないという法律はないようだし、速度制限すら存在しない。尤も GPS でも用意しない限り自分がどの程度の速度で走っているかを知っている人はそんなにいないと思うが、そういうわけで飲酒歩行も飲酒ジョギングも法律で禁止されてはいない。警察は取締りたくても行為そのものは違法ではないわけだ。これでマラソン選手の速度で走れたら自転車に乗るのとあまり違いはない。普段は自転車、飲酒時はマラソンというすばらしい通勤環境が実現する。

まあ、そんなことはどうでもいいが、自転車に乗っているだけではマラソンはおろかジョギングもままならないということを改めて感じることになった。といってトレーニングするつもりにもなれないのだが。

歯ブラシ2009年05月31日 23時01分

これまで随分長い間ガムの歯ブラシを使用してきた。これはガムデンタルリンスを使い始めてから使うようになったと思う。

一年ほど前にガムデンタルリンスでは着色汚れは取れないことがわかり、それ以来歯磨き粉をあれこれ試している。

去年の秋に梅田まで歯磨き粉を買いに行ったときに、どうせなら歯ブラシもあれこれ試してみようということで硬めが用意されている歯ブラシを行った店にあるだけの種類購入した。といってもこれまで使ってきたガムのものを除いて 4種類くらいではなかったかと思う。歯磨き粉以上に使用感がさまざまだ。好みの問題もあると思うが、製品としていいものそうでないものもあるように思う。

どんなブランドを購入したのかすでに把握していないが、最初に使ったものは外れだった。細かいことも忘れてしまったが、別に製品のレビューを書くために購入したわけでもないので、そんなことはどうでもいい。自分にとって駄目ということがわかっていればそれで十分である。

次に使い始めたのは今年の正月から使った八尾の会社の製品だ。広告で見るような名前ではないので中小企業の製品かもしれない。実は一番期待していなかった製品だが、一番気に入った製品のひとつだ。
まず、長持ちするということ。私の場合二箇月使えば交換しなければならない時期になるようだが、これは三箇月使ったが、それでも毛先がそれほど広がっていなかった優れものだ。さらに毛先が細く、歯の間にもちゃんと入って磨けているようだった。

その次は昨日まで使っていた Ora2 だった。これは硬くて太い毛が特徴で、よくも悪くもそれに尽きる。しっかりした毛は磨いているという感じは得られるが、どうも毛先が歯の間に入りにくい構造のためか感触とは別にあまり自分には向いていないようだった。ただ、これまで経験したことのない感触なので人によってはこういうものを捜し求めている人がいるかもしれない。

そして今日からデンターシステマだ。まだ一日だけしか使用していないが、感触は八尾の会社のに似ている気がする。ただ、柄が太めでしっかり握れるところがいい。これは前の Ora2 が細くて若干短く、自分には合っていなかったので、その対比もあるかもしれない。それでもシステマはこれまでのものとはまた違った握り味がある。

去年は電動歯ブラシを検討したこともあったが、結局使わなかった。最大の理由は探していた製品を見かけることがなかったためだが、自分に合わなかったときに高価な買い物になってしまう。交換用のブラシが特定のものに制限されるので、どこでも売っていればいいが、そうでなかったら困る。他にも理由があったように思うが、とりあえず普通の歯ブラシで着色汚れはある程度取ることができたので、電動歯ブラシは使わなくてもよかった。

いつも同じ歯磨き粉や歯ブラシを使用している人もたまにはこうしていろいろ試してみるのも悪くないかもしれない。新しい製品が出て自分に合ったものが出ているかもしれないし、技術の進歩で優れたものが出ているかもしれない。電動歯ブラシともなると結構な出費になるが、普通のものは大抵数百円程度で買える。決して高い買い物ではないし、合わなければ一箇月程使用して別のものを試してみればいい。何より歯磨きの気分転換にもなって少しは楽しく磨ける。