振付の納品2011年08月27日 13時30分

前から不思議に思っていることに「振付の納品」というのがある。
尤も振付に限らず芸能関係の納品については形のないものが多いので不思議な側面がある。

作曲であれば以前なら譜面だろう。アレンジまで含めて完成しているかどうかはともかく、アレンジなりオーケストレーションができる人ならそこまで仕上げてスコアで納品するということになっていたことだろう。ただ、譜面でもスコアでも最終作品ではないので、振付同様という面はある。それにしても昔からある形態なので、譜面の納品は理解しやすい。現在では譜面による納品よりも曲を録音したデータを納品したり、場合によってはマスターになっていれば商品一歩手前という状態で納品したりすることもあるだろう。
気になっているのはジャズの作曲と納品の関係だ。作曲家はどこまで作曲するのだろうか。ビッグバンドの場合は、クラシック同様ほぼすべて譜面に指定されているということらしいので、プレイヤは譜面を音にするという仕事だけすればいい。ところがトリオだのクァルテットなどだとアドリブがあるので、作曲家はどこまで書くのだろう。作曲家や演奏者、その他いろいろな条件で作曲する範囲が変ってくるのかもしれない。
ジョン・ケージの作品などは作曲した段階では音は決らないので譜面は作品ではないという話もある。確かに同じ譜面を見せられた奏者はそれぞれ違う演奏をするし、「偶然性」が要求されているので、同じ演奏をしたくてもできない。有名な「4分33秒」は演奏者のすることは大体決っているので、これだと奏者のすることは同じである(ただ 4分33秒という長さそのものは初演時の偶然ではあるが)。しかし、結果としての音楽は毎回違う。こうなると作曲がどの段階で行われているのかわからない。中には好きに解釈して演奏しろというような譜面もあるので、その譜面は作曲した結果ではなくドローイングではないかと思ったりもするが、よくわからない。

歌に詞は欠かせない。これは原稿用紙なりデータで納品できるので素人にもわかりやすい。流石に録音で納品するということはあまりないだろう。

芸能関係では他にも劇、ミュージカル、お笑いなど多用な表現形態があるので、それぞれ「納品」の形態もさまざまだろう。

その中で特に疑問を持ったのが振付である。きっかけは「ちびまる子ちゃん」のエンドタイトルで「振付 パパイヤ鈴木」というクレジットを見てからだ。
キャラクタが踊っている踊りの振付を彼が担当しているわけだが、それと納品というのがしっくり来ずに不思議に思ったのだった。歌の振付であれば歌手に直接、振付を指導して納品するという形態は何となく理解できる。ところがキャラクタとなると実在するものがないので直接振付を指導する相手がいない。手っ取り早くキャラクタを動かすアニメータならどうか。指導されたアニメータも踊りが得意ならいいが、そうでもない人もいるだろうし、畑が違うので振付が憶えられないという人もいるだろう。振付を指導されても自分で踊っていてはキャラクタを動かせない。そもそもキャラクタの振付をアニメータに指導するというのはどこか間が抜けている。

ぱらぱらマンガのような絵を描いて納品するという形態も考えられないわけではないが、それだとアニメータの仕事がなくなってしまう。大体振付師が絵が得意かどうかはわからないし、得意だとしてもぱらぱらマンガで表現できる能力があるかどうかわからない。

形のないものの納品は大変なのであった。