Yahoo! トピックス斜め読み2010年03月01日 19時42分

今日もやってみよう。19:40 現在。

違法妊婦未来の2700人募集
国内の自作真央4回転は良好

Yahoo! トピックス斜め読み 3/22010年03月02日 20時39分

20:33 現在。

予算事故男に販売中止
野口さん会見の襲名同せいか

Twitter2010年03月03日 19時50分

いや、私は Twitter をやっていないのだった。

気になるのは Twitter より、その日本語表記である。
「ツイッター」。どうもしっくりこない。何か別のサービスのような気がするし「ツ」という音からして馴染めない。Twitter という綴りだと自然な音は「トゥイター」になるんであるが、書いてみるとこれも何となく落ち着かない。
言ってみれば、外国映画を吹き替えで見ているような感じだ。それは「ツイッター」でも「トゥイター」でも同じである。

「ツイッター」の本が多数売られているらしいが、私はそれらを手に取ることはないだろう。

Yahoo! トピックス斜め読み2010年03月03日 21時23分

21:18 現在。

国民遺棄 探偵措置に短く?
岡崎と追悼試合で冠番組

e-Tax はお得か2010年03月05日 22時45分

確定申告の時期である。
自営業の人は難儀なことだと思っている人が多いような印象がある。そこへくると大半のサラリーマンは他人事である。中には確定申告すら知らない人もいるかもしれない。そういう意味で会社が従業員の所得税を源泉徴収するというしくみは好ましくない。結局自分が所得税を納めているという認識に乏しくなるし、そもそもいくら徴税されているかすら知らないということになる。これは税務署の思う壷なのかもしれない。
大抵のサラリーマンは給与も振込になってしまっているし、クレジット取引を利用していれば、細かい買い物以外は現金がなくても済んでしまう。畢竟、お金の出入りに疎くなるばかりか、日常生活から現金の取り扱いが切り離されることになる。もしかするとこれは何かの壮大な陰謀なのだろうか。

普通のサラリーマンが確定申告をする場合というのは大半が住宅ローンの控除ではないか。
ウェブの記事やら TV の番組の確定申告の話題だと医療費控除も話題になるが、余程の病人がいない限り医療費控除なんか期待できるものではない。去年は母が一週間ほど入院したので、合計で 10万円超えるかと思ったが、僅かに足りなかった。そんなものであるし、病気や怪我は一般的に人のパフォーマンスを大なり小なり低下させる。税金が戻ってくるとしてもそれ以上にパフォーマンスが落ちていれば世話はない。還付されると喜んでいる場合ではないのだ。健康になろう。

私はしがないサラリーマンで確定申告が必要なほど給与所得があるわけでもないので、他人事。かというとそうではなく、私の場合は年末調整では処理されない還付があるので毎年確定申告を楽しみにしている。
というわけで確定申告は手馴れたものだ。と言いたいところだが、そうでもない。

これまでは単に還付申告だったので、給与還付で申請すればよかった。これはまだ比較的簡単だ。
最近は僅かながら配当所得があるので(真面目に)これも申告している。分離課税ですでに天引きで納付されているから申告しなくてもよさそうなものだが、申告しなければならないらしい。
こうなってくると少少面倒になる。所謂申告書 B 様式とかいう、細かく入力する必要のある申告書を使用しなければならない。

これも慣れればそんなに難しいものではなくなってくるのだろう。ただ、年に一度というのがいけない。去年やったのをすっかり忘れてしまっている。
それでも確定申告をしたことがないという人からすればまだ手馴れたものかもしれない。

話は違うが、最近は e-Tax という電子申告のシステムが用意されている。自宅で申告まで完了してしまうという触れ込みだ。ところがそんなに簡単に問屋は卸してくれない。
まず役所に行って住基カードを入手しなければならない。次に IC カードリーダを購入する必要がある。そこまでで数千円の支出がある。e-Tax は初回の申告時に 5000円還付があるので、普通なら損にはならない。それでもあちこち行かなければならない手間を考えるとあまりお得とは言えない。さらに 3年ごとに公的個人認証を更新しなければならない。更新料は 500円。つまり 3年に一度は役所に行かなければならない上に僅かではあるが費用が発生する。

後は設定がうまくいけば、以後は自宅で申告できることになる。それをするだけのメリットがあれば価値はあるだろう。私のように毎年数千円の還付を受けるためだけの手間の見返りとして、メリットは感じられないのが実情だ。さらに場合によっては書類の郵送が発生するので、結局何をしているのかわからなくなる。
郵送にするくらいなら、普通に確定申告の書類をウェブで作成して、印刷した申告書を必要な書類とともに郵送するのと手間は違わない。それ以前の住基カードその他を取得する手間と費用の分だけ無駄になる。

親父は青色申告だったので、学生の頃には年に一度確定申告で税務署に行かされたものだ。当時は自転車に乗っていなかったので、バスと電車を乗り継いで片道一時間ほどかけて税務署まで行っていた。その当時なら e-Tax の恩恵はあったかもしれない。今なら同じ税務署まで自転車で 20分程度だ。市役所は家から歩いて数分のところにあるが、税務署に行くのも市役所に行くのもさほど手間は変らない。

結局、毎年確定申告で数万円くらい戻ってくるというのでなければわざわざ住基カードを取得してまで e-Tax を使う動機にはなりにくい。あるいは税務署に行くのに一泊二日かかるというのなら検討にも値するだろう。
私の確定申告も昔は税務署で記入して、申告会場でうろうろしている職員だか税理士だかに内容をチェックしてもらったりもしていたので、ウェブで数値を入力すれば電卓を叩かなくても申告書類を間違いなく作成できる仕組は便利であるし、それだけで十分という気がする。
その分逆に e-Tax はあまり魅力が感じられないしくみなのだった。

下駄隠し2010年03月06日 10時10分

「下駄隠し」という遊びがある。私が知っているのはさまざまなバリエーションがあるうちの以下のものだ。

下駄隠しちゅーれんぼ
橋の下の鼠が
草履を咥えてちゅっちゅくちゅ
ちゅっちゅく饅頭は誰が食た
誰も食わないわしが食た
表の看板三味線屋
裏から回って三軒目

先日便所で用を足していたときのことだった。突然「誰も食わないわしが食た」以降を思い出した。ところが前半がさっぱり思い出せない。昔なら誰かに聞くしかなかった。運が悪ければ周囲の誰もが「そんなんあったなぁ」とか「知らんなぁ」と言うばかりということもあるだろう。そのまま歯痒い状態で終っていた可能性がある。
ところが今はウェブの時代だ。断片を入力しただけで全体が引き出される。検索結果で得られた最初のページは兵庫のバリエーションがいくつか載っていた。ところがどれもぴんと来ない。少しづつ思い出して、上記のものだったような気になっている。
何となく陰気な調子の旋律だし、話しことばに旋律を付けたような感じといえばいいのか、音の長さを変化させただけのような割合単調な歌になっている。

電話と便所2010年03月09日 21時15分

職場の便所でたまに小便をしながら電話をしている人がいる。
どうも馴染めないのだった。携帯電話というものはそういう種類の電話なのだから仕方がないという面があるのはわかる。それでもやはり「憚り」という呼び方もある場所なのだから憚ってしかるべきではないかと思うのだ。

中には個室の中から声がすることもある。もっと憚って欲しい。気張りながら電話するのは不可能だから、電話しているときは用を足す行為は中断しているか、そうでなければ垂れ流しているに違いない。

聞くところによると最近の若い連中の中には人と食事をすることができず、便所の個室で昼食を取っているというのがいるらしい。本当にそんな人がいるのかどうかは知らない。いるとすればそれはそれで憚るべきことではないか。そもそも便所を何と心得ているのだろうか。

現代日本の便所は綺麗になっている。40年ほど前は清潔な便所といっても穴の中は糞尿が覗いていたわけで、そんなところで食事しようと考える気にもならなかっただろう。蹲れるが坐れるようにはなっていなかったので、落ち着いて食事をするどころではないし、電話もおちおちしていられない。今なら便器の中に電話を落しても水没で済む。当時なら拾い上げるのが一苦労だし、拾い上げても処置のしようがないだろう。

やはり憚るべきだ。

まったくマスコミというのは2010年03月09日 22時31分

例によって Yahoo! のニュースを見ていた。

<卒業式>校務違反で男子3人出席させず 兵庫県立高

という記事があった。
メディアとしては学校側に呆れてものが言えないということにしたいのだろう。というかしたいようにしか読めないし、記事にするということは明らかにそれを意図している。
しかし規則を守らずにしたいことをやって卒業式に出席させろという虫のいい話はないのではないか。権利を主張するのであれば義務を果たすべきだし、それが当り前だ。学校の言い分は筋が通っている。校則が厭なら生徒会の会長にでもなって校則を変えるか「学校なんか糞食らえ」くらいのことを言って机を蹴って学校を辞めてしまえばいい。
髪型は変えたくない、でも卒業式には出たい。それは単なる我侭だ。

温度ロガーによる行動のトレース2010年03月12日 23時10分

携帯する用途で温度ロガーを購入したという話を以前書いた。

ロガーを持ち歩いていて面白いというか意外だったのは出力される温度グラフを見ていると、自分の行動がある程度わかるのだ。これは普段の行動パターンがある程度わかっている場合に限られるかもしれない。私の場合、家と職場の往復というパターンがあるので、温度のパターンもそのようになる。したがってそのパターンから外れるとその部分の温度が変化する。休日に出かけた場合でも比較的正確に行動がトレースできるので、常時移動しているような行動パターンの人でもない限り、後で把握することはできるのかもしれない。

どうしてわかるのか。これは簡単だ。場所を移動するとそれにつれて周囲の温度が変化するのである。特に屋内から屋外に出るとそれだけで温度が変化するので、出入りした時間は比較的正確に把握できるわけだ。自転車の場合、これで移動時間がわかる。
したがって温度変化のない環境だと温度ロガーで行動をトレースすることはできないか、難しくなる。
正確に記録したければ、なるべくセンサーが外気に触れ、体に接近しないように注意しなければならない。

このようなことができるのは 1分ごとにデータを記録するように設定しているからだろう。あまり記録間隔を開けると、行動記録としては精度が落ちるだろうし、場合によっては行動が拾えなくなることも考えられる。どの程度の記録間隔でどの程度まで行動が記録できるのかまでは調べたことはない。これはロガーの仕様で記録間隔の選択肢が限られているためでもある。私の使っているロガーだと 10秒、1分、5分、30分、1時間などとなっている。行動をトレースするには最低でも 5分間隔にする必要はあるだろう。2分、3分というような記録でもそれほど精度は落ちないようには思う。

ログに行動をメモしておけば、いつどこに行ったかがわかる。それも比較的正確な時間がわかるので、GPS ロガーのような使い方もできるわけだ。GPS ロガーの場合、そのままデータを公開すれば行き先がすべてわかってしまうので、公開したくない位置情報が含まれる場合問題がある。ところが温度データだと位置情報は当然、プライバシーに関する情報は一切わからない。いつ何をしたとか、どこへ行ったというようなことをぼんやり公開するのに使用するという使い方もできる。
その点、温度データは位置や個人を特定する情報には現時点ではなり得ないと思われる。そうはいっても不必要に附加情報を公開したり、無闇に大量の情報を公開すればプライバシーを曝してしまうことになる可能性はあるだろう。それにしても生データを公開しただけではプライバシーを丸裸の状態にすることはないので、比較的正確な時間を示しつつもプライバシーはある程度隠蔽することができそうだ。

ただ、メモしておかないとわからなくなってしまうので、残したい記録は早めにメモする必要はある。それは逆に言えばそれだけ匿名性の高い情報でもあるわけだ。

ブレーキペダルとアクセルペダルのユーザインタフェース2010年03月13日 10時45分

車のユーザインタフェースが変化し続けている。
エンジンの起動は以前ならキーを廻すというのがほぼ唯一の方式だった。これがボタンになったりしているし、その位置も車によって違ったりしている。変速レバーなども種類や設置場所が多様化している。
機能の増加などに伴ってインタフェースが変化するのは仕方がない面もあるだろうが、統一されていない仕様は運転手に混乱を齎す。兇器にもなりうる機械のユーザインタフェースをそう適当に変更していいものかどうかは常常疑問に思っている。せめて種類を限定するとかメーカー間である程度似たようなユーザインタフェースにするとかする必要があるのかもしれない。直接安全に関係ないものの操作であっても、それらの操作間違いによってパニックを惹き起し、それが事故を起す原因にならないとも限らないわけだから、車メーカーはそのへんも考慮するべきではないだろうか。

ただ、直接運転操作に関するもののユーザインタフェースについては基本的に大きな変化はない。ハンドル、ブレーキペダル、アクセルペダルなどである。ところがブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いによる事故が後を絶たない。今話題のトヨタにしても、事故の一部はこれが原因ではないかという話もある。

なぜアクセルペダルとブレーキペダルを並べるようになったのかは知らないが、咄嗟のときに間違える可能性があるわけだから根本的に問題のあるユーザインタフェースといえるだろう。これは別の乗り物と比較してみればいい。
単車でブレーキとアクセルを間違えて事故を起したという話は聞いたことがないし、自転車にしても咄嗟だったのでブレーキレバーと間違えてペダルを踏んでしまったという人はいないに違いない。余談になるが自転車の場合は操作の間違いよりも制動性能の方が問題になることがある。
加速と減速の操作方法がまったく違うため、咄嗟の場合であっても間違う可能性がないか、極めて低いからだろう。

多くの車では右足でアクセルペダル、左足でブレーキペダルを操作するということもできないわけではないが、これはいろいろ議論があるようで、推奨されていないようだ。私も右足でブレーキペダルを操作している。

センサを車体に取り付けて衝突しない車を研究開発しているという話もあるが、そもそも問題のあるユーザインタフェースを改善するのが先決ではないだろうか。このように重要な操作に関するユーザインタフェースの変更は十分な議論と研究が欠かせないから一朝一夕というわけにはいかない。しかし、車の駆動方式が劇的に変化しようとしているときに、危ういユーザインタフェースを置き去りにしたままというのもどうかと思う。

高齢化社会と言われて久しい。老人でなくてもブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違える人も少なからずいるわけだから、老人が増える状況でそういうユーザインタフェースを放置し続けるのは、ある意味怠慢と言ってもいいかもしれない。
これは車メーカーの問題だけではなく行政の問題でもある。