山(坂)という葛藤 ― 2010年07月15日 23時59分
基本的にしんどいことは嫌いである。だからジョギングだのマラソンだのをしようとは思わない。ジョギングなどは自転車に較べて熱中症のリスクが高いのではないかという心配もある。
最近は山もブームらしい。山にも女が跋扈し「山ガール」などと呼ばれていると TV で言っていた。歴史の女は「歴女」だし鉄道の女は「鉄女」なのに、なぜ山だと「ガール」なのか。「山女」と呼ぶべきではないのか、と突っ込みたくもなるが、それは今日の本題ではないので、まあいいとしよう。
誰ぞが山を登る理由に「そこに山があるから」と答えたというのは有名な話だが、私は山があろうが「そこに山があるから」という心境にはなれない。迂回できるものなら迂回したい。
ただ、家の東には山があるし、この相生でも中心部こそ割合平坦だが、周囲はそこらじゅう坂だらけである。というか山に囲まれていると言っていい。現場に行くのも山の中である。そう迂回ばかりもしていられない。
このところ雨天でなくて時間があれば万葉岬に行っているという話は書いている通りである。今日も久しぶりに晴れ間が出ていたので岬まで走ってきた。
ところが部屋を出るときからすでに葛藤が始まっている。
あんな坂登りたくないという気持ちと、何とか頑張らないとという気持ちが拮抗したところから始まる。
走りながらでも悪魔だか天使だか知らないが、「坂の手前で引き返そう」と囁くやつがいるし、そうかと思えば「いやいやこの間は登れたんだから今日はもう少し楽に登れるだろう」と唆すやつもいる。
結局唆すやつが勝って岬まで登ってきた。岬に着いたらすぐに引き返す。
しんどいには違いないし、登っているときでも「そのカーブまでで引き返そう」と囁かれ続けている。それでも確かに前回よりは楽だった。腕のがくがくはかなり改善された。息が上がるのは当然だが、それも徐徐にましになっているようだ。
どうして登るのか自分でもよくわからない。何しろマンションを出るときから「坂は避けたい」と思いつつ走り出しているのである。確かに登り切ればちょっとした達成感はある。脳内麻薬も少しは出ているからか、また登ろうという気になるのかもしれない。どちらかというと「坂の手前で帰ろう」と囁かれつつ登っているような具合であるから「山があるから登る」というような心境では絶対にない。
坂道を登りたくなければ国道をそのまままっすぐ行けばいいのであるが、つい岬の方に折れてしまう。
ただ、確実に言えることがある。国道を走り続けると際限がないことだ。国道でもどこかに適当な目標を決めることはできるだろうし、国道の終点まで走ってもいいかもしれない。ただ、適当な目標は目標として弱いし、終点まで走れば日が暮れる頃までにマンションまで戻ってくることはできないだろう。
岬だとしっかりした目標になる。距離も適当だし、岬は道のほぼ終点なので、泣いても笑ってもそこまで走れば後は帰るだけだ。
岬についてはそういう明快な目標が設定できるから、つい岬に逸れてしまうのだろう。いやいや走っていても目標に辿り着けば達成感は得られる。汗塗れであっても気持ちいい。
それで帰ってシャワーを浴びてビールを飲めば達成感ととともにちょっとした幸福に浸ることができるのだった。
書いていて理由がわかってきた。なんだそういうことだったのか。達成感は気持ちいいのである。
最近は山もブームらしい。山にも女が跋扈し「山ガール」などと呼ばれていると TV で言っていた。歴史の女は「歴女」だし鉄道の女は「鉄女」なのに、なぜ山だと「ガール」なのか。「山女」と呼ぶべきではないのか、と突っ込みたくもなるが、それは今日の本題ではないので、まあいいとしよう。
誰ぞが山を登る理由に「そこに山があるから」と答えたというのは有名な話だが、私は山があろうが「そこに山があるから」という心境にはなれない。迂回できるものなら迂回したい。
ただ、家の東には山があるし、この相生でも中心部こそ割合平坦だが、周囲はそこらじゅう坂だらけである。というか山に囲まれていると言っていい。現場に行くのも山の中である。そう迂回ばかりもしていられない。
このところ雨天でなくて時間があれば万葉岬に行っているという話は書いている通りである。今日も久しぶりに晴れ間が出ていたので岬まで走ってきた。
ところが部屋を出るときからすでに葛藤が始まっている。
あんな坂登りたくないという気持ちと、何とか頑張らないとという気持ちが拮抗したところから始まる。
走りながらでも悪魔だか天使だか知らないが、「坂の手前で引き返そう」と囁くやつがいるし、そうかと思えば「いやいやこの間は登れたんだから今日はもう少し楽に登れるだろう」と唆すやつもいる。
結局唆すやつが勝って岬まで登ってきた。岬に着いたらすぐに引き返す。
しんどいには違いないし、登っているときでも「そのカーブまでで引き返そう」と囁かれ続けている。それでも確かに前回よりは楽だった。腕のがくがくはかなり改善された。息が上がるのは当然だが、それも徐徐にましになっているようだ。
どうして登るのか自分でもよくわからない。何しろマンションを出るときから「坂は避けたい」と思いつつ走り出しているのである。確かに登り切ればちょっとした達成感はある。脳内麻薬も少しは出ているからか、また登ろうという気になるのかもしれない。どちらかというと「坂の手前で帰ろう」と囁かれつつ登っているような具合であるから「山があるから登る」というような心境では絶対にない。
坂道を登りたくなければ国道をそのまままっすぐ行けばいいのであるが、つい岬の方に折れてしまう。
ただ、確実に言えることがある。国道を走り続けると際限がないことだ。国道でもどこかに適当な目標を決めることはできるだろうし、国道の終点まで走ってもいいかもしれない。ただ、適当な目標は目標として弱いし、終点まで走れば日が暮れる頃までにマンションまで戻ってくることはできないだろう。
岬だとしっかりした目標になる。距離も適当だし、岬は道のほぼ終点なので、泣いても笑ってもそこまで走れば後は帰るだけだ。
岬についてはそういう明快な目標が設定できるから、つい岬に逸れてしまうのだろう。いやいや走っていても目標に辿り着けば達成感は得られる。汗塗れであっても気持ちいい。
それで帰ってシャワーを浴びてビールを飲めば達成感ととともにちょっとした幸福に浸ることができるのだった。
書いていて理由がわかってきた。なんだそういうことだったのか。達成感は気持ちいいのである。
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