唐草模様の風呂敷2011年11月18日 22時30分

いつだったかうちの嫁とショッピングモールを歩いていたときに唐草模様の風呂敷を売っていた。面白いものを売っているなと思ったら、誕生日にプレゼントされた。もう少し渋い緑色ならまだしも少し派手な緑だった。
唐草模様の風呂敷と言えば昔のステロタイプな泥棒が背負っているのがその包みである。

使わないでいると機嫌が悪かろうと思ったので、作業服を包むのに使っている。バックパックに作業服を裸で入れるとすんなり入らずくしゃくしゃになる。風呂敷でくるむとくしゃくしゃにならずに入れることができるので便利だ。

こんな風呂敷なのであまり他人に見せないようにしている。ところがたまに週末、着替えた作業服を事務所で包むことがあって、その風呂敷を広げることがある。するとそれを見た同僚が食いついてくることがあるのだ。

「何ですか、それは」

と言いながら寄ってきた人もいれば、大笑いされたこともある。結構受けがいいのだった。

分煙問題2011年10月02日 17時15分

私は非喫煙者である。
これまで一度も煙草を咥えたことがない。と言いたいところだが、大学時代にいちびって他人に煙草を貰って吹いたことがある。火の粉が散るからよい子は真似をしてはいけない。
その他他人の吸っていない煙草の先を爪楊枝などで押し込んで「圧縮煙草」を何度が作ったことがある。吸った人は「きつい」というような感想を漏らしていた。

吸ったことはないかというと一度だけある。社会人になった後に「一度吸ってみたら」と言われて、他人が吸っているのを吸わせて貰ったことがある。TV ドラマか何かの影響か最初に吸うときは噎せるような印象があるが、そのときは特に噎せなかった。それでも煙草には興味がなかったので、それっきり現在に至っている。
したがって一息吸っただけで、一本丸丸は吸ったことがない。

子供の頃、既に煙草は健康に悪いと言われていたように記憶しているし、止めるのもなかなか困難を伴うということも言われていた。健康によくないということもあるが、それよりも私の場合は、なかなか止められないというところに引っかかって吸い始めようと思わなかったのではないかという気がする。意志が弱く、きっぱりと止められない性格だから一度習慣になってしまえば死ぬまで吸い続けているだろう。習慣性がなければ私も吸っていたかもしれない。
そんなわけで、なかなか禁煙に成功しない諸氏には密かに同情申し上げている。

昔は非喫煙者の権利がどうこうということはなく、至るところで煙草が吸われていた。吸えないのは病院の病室や人が密集する場所くらいではなかったか。私が最初に海外旅行に行った頃は機内でさえ離着陸時以外は喫煙できた。

職場でも自分の机で吸えたし、会議をすると煙で朦朦とすることもしばしばだった。それが今では吸える場所を探す方が難しい。隔世の感がある。
喘息持ちではないので、煙草の煙で辛い思いをしたということはあまりない。それでも煙は鬱陶しいものである。喫煙者でさえ自分の煙草から立ち上る煙で顔を顰めているくらいである。吸わない者が鬱陶しいのは当り前だ。

それがどうだ。どうかすると何年も煙草の煙に覆われることなく過ごすこともある。これが当り前になると、非喫煙者にとっては煙草の問題は情報としてしか入ってこないものになってしまう。なので、稀に喫煙場所に行くと昔はこんな環境が普通だったことを思い出し、少しだけ懐かしい気分にさせられたりもするわけだ。

最近は喫煙者の肩身がかなり狭くなっていることもあるのか、あまり聞かれることはないが、禁煙環境が拡大され始めた頃は「朝の一服でその日の体の調子がわかる」だの「食後の一服がたまらない」だのという言い訳とも傷の舐め合いともつかないようなことを喫煙者同士で並べては盛り上っていたのを思い出す。食後の一服のことは私にはわからないが、その日の体調のことなら自転車に乗ってもわかる。

前にも書いたような気がするが私は嫌煙権主義者ではない。煙は鬱陶しいには違いないので煙のない方が当然嬉しいが、スピッツのごとく嫌煙を吠え立てるつもりはないし、逆にそんな人らの方が煙たいくらいだ。ただまあ愛煙家と呼ばれる人らが「喫煙は文化だ」と主張して禁煙を制度化することに反対するための言い種にしているのもどうかとは思っている。

そうして煙に巻かれる環境が減ってきたことは個人的には喜ばしいに違いないのだが、私には気になっていることがある。分煙だ。

世間では分煙すれば問題が解決するかのように思われているようで、何でも分煙で片付けてしまおうとしているように見える。これは大きな間違いだ。何人かで食事でも会議でも何かしようとした場合、全員が喫煙者あるいは非喫煙者であれば分煙は何の問題にもならない。ところがそこに一人でも違う人が入ってくると分煙では問題が解決しないことがわかる。
そういう場合、最近は喫煙者が煙草を吸うときだけ喫煙所に行くということになる。しかしそれは問題が解決している状態ではない。
個人的に一番問題なのは愛煙家が喫煙場所で交換している情報が結構あるということだ。非喫煙者はそれによって煙だけでなく情報からも隔離されつつある。まあ公共の場所でそういうことがあるわけではないだろうが、特に問題なのは職場である。これまで自分の机で喫煙できていたうちは仕事しながら煙草を吸うということになっていたので、そういうことはなかった。ところが、喫煙場所に囲い込まれることによって喫煙者はそこで煙草を吸う。そこには仕事をするための道具などはもちろんないので仕事はできない。携帯電話を持ち込んで電話したりメールしたりウェブを眺めたりすることはできるだろうが、問題はそこにはない。同じ職場の人間が数人寄って煙草を吸っていると、それだけでは手持ち無沙汰ということもあるのかもしれないが、雑談やら仕事の話が始まる。ここで交換される情報はなかなか侮れない。私はそこに出入りすることは殆どないので実際のところはわからないが、それでも喫煙者は私ら非喫煙者以上に社内情報を多く持っているらしい。
そのことが仕事に有利に働くのかどうかはわからないが、分煙することによって社内情報格差が生じているように思えてならない。

とはいえ、そのために喫煙を始めるのもどうかと思うので、今のところ煙草には手を出していない。

「を」の発音2011年09月19日 21時50分

世間には「を」を「お」と発音しない人らがいる。もちろん彼らは日本人だ。

そのことに気が付いたのは 5年ほど前のことだった。仕事の打合せである人の話しているのを聞いていると「を」を「wo」と発音していた。場合によってははっきり「うぉ」というように発音していた。

そのとき、昔はそういう発音をしていたというようなことを聞いたのを思い出した。今でもそういう発音がいる人がいることをそのとき知ったのだった。それから気にするでもなく他人の喋るのを聞いているとたまに「wo」と発音する人に出会う。

しかし私の年代でもそんなことを学校で習った人がいるようには思えない。とはいえ私のその知識がどこからきたかということを考えると学校で習ったのかもしれない。それでも単に昔はそうだったというようなことを聞いただけではなかったかと思う。私自身は普段「wo」と発音することはない。まあそう教師が言っていたとしても、素直に従っていたとは思えないが。

そういう意味では「ゐ」や「ゑ」は今では使わない文字になってしまったが、古文などで習う。しかし発音までは習わない。これらも昔は「い」「え」ではなく「wi」「we」と発音していたのだろう。

「ゐ」や「ゑ」はともかく、「を」の人らである。

彼らは一体どこでそういう発音を常用するようになったのだろうか。家の人がそういう発音を仮にしていたとしても、世間一般はそんな発音をしていない。方言のように周囲がみんなそういう発音だったら自然にそういう発音をするのだろうが、そんな地方はあるのだろうか。

さらにわざわざ「wo」と手間のかかる発音をしなくても通じるわけだから、敢えてそう発音する理由もないような気がする。「関西学院」を「かんせいがくいん」と呼んでも「くゎんせいがくいん」と発音する人らに出会ったことはない。余談だが関西学院のローマ字表記は "Kwansei Gakuin" であって、そういう発音であったことを物語っている。

そういえば「じ」と「ぢ」も昔は発音が違っていたのではないかという説もあるらしい。

日本語の発音も以前は今より豊穣なのだった。

時代とともに面倒な発音は安易な発音に集約され、使用される文字も(中途半端に)集約されるものだから、日本語の学習が容易になったのか、例外が増えて面倒になった部分が多くなったのかわからない時代になった。

ともかく次に「wo」の人に出会ったときには「wo」と発音するようになった経緯を聞いてみたいと思っているが、なかなかそういう人に出会わないのであった。

機械翻訳のディレマ (dilemma)2011年09月10日 20時15分

ちょっと前に機械翻訳の話を書いた。

機械翻訳というのは存在そのものが矛盾したシステムである。普通、機械翻訳は対象言語に通じていない人が対象言語の文章を母国語に翻訳してみたり、母国語の文章を対象言語に翻訳してそれを利用するためにあるものだと考えがちである。機械翻訳を開発している人らの目指しているところもそこにあるだろう。ところが、対象言語に通じていない人が使うには現状、適当ではない。

対象言語の文章を母国語に翻訳(英語→日本語など)して原語の意味を理解するという場合にはまあ誰でも使えるかもしれない。しかし、母国語の文章を翻訳してそれを使用するという場合には、対象言語を理解していないと前回書いたような意味不明な状況になり、それを対象言語を母国語(でなくてもいいが)とする人に示したところで何が言いたいのかわからない場合が多いからだ。
そりゃ「こんにちは」とか「あの人はミュージシャンです」程度なら使えるだろうが、その程度なら自分でちょっと悩んで翻訳しても翻訳できるだろう。機械翻訳を使うまでもないことだ。

機械翻訳に頼りたい人の大半は自分で手に負えないから機械翻訳に頼るのだ、というレベルの文章を機械翻訳にかけて使いたいのだろうが、そういうレベルになると機械翻訳の出力は信用できなくなってくる。大体、翻訳した内容が正しいかどうかがチェックできないわけだから、それが正しく通じるかどうかを判断する術を持っていない。
話は細かくなるが、先日Google 翻訳である英文を日本語に翻訳してみた。「not」が翻訳されておらず、逆の意味になっていた。そんな間抜けなことがあるかと思ってみたが、not が翻訳されている気配がない。試しに別のサイトで翻訳してみたらきちんと not が翻訳されていたのでやはり not が抜けていた。対象言語に多少なりとも通じていれば、その程度のチェックはできるが、殆ど何も知らない言語に翻訳して、そういう翻訳ミスが拾えるかというと甚だ心許ない。極端な話 not を使わずに否定できる場合もあるので、機械翻訳の気が利いていればそういうことをするかもしれない。

いい例が iTunes の App Store のアプリの説明文である。日本語を知らない作者が機械翻訳して載せている説明文の意味不明さを見れば一目瞭然だ。ああいう残念な結果になる。

これは原語に翻訳が引き摺られることも大きい。特に機械翻訳は「機械翻訳」というだけあって、入力言語を機械的に翻訳するシステムだ。翻訳した言語で自然な表現になるようには処理してくれないし、そういう気の利いたことができるほど言語を理解しているわけではない。

対象言語の文章の意味を知りたいという場合には使えなくもないが、対象言語がわからない人が気軽に対象言語に翻訳するという使い方はできない道具なのである。恥を曝したくなければ母国語を対象言語に翻訳してノーチェックで他人に見せるという使い方をしてはいけない。

機械翻訳の恐怖2011年08月28日 20時45分

金曜のことだった。
外注さんに資料を書いてもらうことになった。一応すでにある仕様なのだが、顧客に英文で提出しなければならないということで急遽お願いすることになった(らしい)。で、仕上ってきたというのでチェックして欲しいと夕方になって私のところに回ってきた。

かなりのページ数の英文が追加されていた。「おお一日で凄いな」と思ってチェックを始めて急に疲れが溢れてきた。どうやら機械翻訳ででっち上げた原稿らしい。ぱっと見は英語だが、実際に読んでみると英単語が並んだ意味不明な文章だった。何となく言いたそうなことはわかるが、実際のところ何が言いたいのがさっぱりわからない。取り次いだ人にお願いして和文の資料を取り寄せてもらう。

これも駄目だった。

普通の人には何のことだかよくわからない日本語原稿をそのまま機械翻訳にかけたらしい。意味不明な英文になって出てくるのも無理はない。考えようによっては何も考えず強引に英語にしてしまう機械翻訳の力技の凄さに感心する。
ところが、感心している場合ではないのだった。月曜には顧客に渡さなければならない。

そうは言っても意味不明な日本語と意味不明な英語を前に途方に暮れる以外にないのだった。

八月2011年08月06日 11時35分

そうこうしているうちに八月になってしまった。
寒いのは厭だ、夏がいいと言っていたのはいつだったか。湿度が高くなり始めた六月前半に軽い熱中症を経験してから以後、熱中症は経験していない。暑さ対策をしているというのもあるが、体が高温多湿に馴れてきたのだろう。汗の量が多いのは当り前だが、熱中症を経験した頃よりは減っているような気がする。顔が火照ってどうしようもないというようなことも殆どない。冬も駄目だが夏も駄目だ。自転車に乗っていて気持ちがいいのは年に二箇月もないのではないだろうか。そんなことを言っているうちにまた寒い冬がやってきて、暑さで苦労したことなどすっかり忘れてしまうのだろう。寒いのも厭だが、冬の駄目なのは昼が短くなることと、向い風で気持ちが削がれることだ。

今年の夏はこれまでのところ、朝夕が比較的涼しいことが多くていい。そうでない日ももちろんあるが、10年ほどこういう夏は経験していないような気がする。私の場合、夏の夜はエアコンが欠かせない。しかし今年は何かするとエアコンなしでもやっていけることがある。因みに家では昼間エアコンを使用していない。節電というのもないわけではない。しかし、これまでも家で夏にエアコンを入れるのは夕方になってからだった。調理で熱を使うのでというのが理由でもある。わが家にはエアコンを入れるのは早くても洗濯物を取り入れてからという規則のようなものがある。エアコンを入れると熱がバルコニーに排出されるので嫁が入れさせないというわけだ。料理や洗濯に限らず、何か作業すると「暑い、暑い」と騒ぐが、熱中症により近い自転車乗りからするといかほどなものかと思わずにはいられない。日本人は電気に甘やかされて我慢がなくなった。余談だが、相変らず車は自転車が追い越していくと必ずアクセルを吹かして追い越し返そうとする。前に車が走っていて無理な状況か、右左折するので減速する必要がある以外は間違いなくそうする。意識的か無意識かは知らないが「自転車ごときに負けるものか」という心理が働いているのだろう。自分は楽しているのだからちょっとは暑い中自力でエアコンもない環境で走っているのだから、自転車乗りのことも考えてやれと言いたい気分にもなる。広い道で余裕があればそれほど気にもならないのだが、狭い道で結局自転車が追い越すことになるときでも自転車から見れば嫌がらせにしか思えない行動に出るのは腹立たしさを覚える。

今年だけか、今まで気が付かなかっただけかはわからないが、夏も結構風が吹いている。冬に風が吹くとそれだけで厭になってしまう。夏の風は向い風であっても歓迎する。流石にあまり強いのは願い下げたいにしても、風があると体温を下げてくれる。自転車を漕ぐとそれだけで空気が流れるが、風があるとさらに涼しくなる。ジョギングより熱中症に有利であると主張している点だ。熱中症の予防に重要なのは水分(と塩分)補給ではなく、熱の放散らしい。
いくら汗で失われる水分などを補給しても肝腎の熱が排出できなければ体温が上昇して熱中症になる。

夏の風で思い出したが、これまでも夜などは風が吹いていた。ただ、うちの場合東西に吹く事が多く、南北に窓を開けても風が通らない。それが今年は夜間比較的涼しいというだけでなく、南北に風が吹いていることが多いというのもエアコンなしで過ごせる夜がある一因かもしれない。外に出ると風が吹いていて涼しいのに、家の中は熱気が籠ってやっていられないというのが例年だった。

これまで蓄積していた気象データがサーバの故障でふっとんでなくなってしまった。実際の記録を当ることができないので正確なところはわからない。それでも印象としてはそんな感じである。

涼しくなるまでにはまだ二箇月ほどある。そうはいっても涼しくなり始めたら忽ち寒くなる季節がやってくる。こうして今年も暮れていくのであった。

SPring-8 施設公開2011年04月30日 20時00分

4月30日の施設公開に合せて29日から赤穂一泊という日程で出かけてきた。今回はうちの親と嫁の親も連れて行くことにした。というのも(現在は違うが)自分の職場を見せられるというなかなかない機会だからだ。とにかく私の仕事は部外者にはほぼ理解されないので、ちょっとでも実感してもらうには現場に連れて行くのが一番いい。さらにはたまにメディアに出たりする有名な施設でもあるので、よくわからないにしても何か感じるものがあるかもしれないということもある。

うちの車は軽自動車だし、嫁の実家の車はバンタイプだが、5人乗るには厳しいということで今回はノアを借りることにした。ワンボックスを運転するのは初めてだった。大きいので不安だったが、実際は快適である。人がワンボックスを欲しがるのも頷ける気がした。しかし、常時大勢で移動するならともかく、それだけでワンボックスを所有するというのはいろんな意味で無駄である。やはり借りるのが一番だ。今回借りたノアはまだ新車だった。

11時過ぎに出発したら吹田から宝塚まで渋滞していた。今年は出足が鈍いというような話だったので、渋滞情報も調べず出たが、あれなら下道で宝塚まで行った方が確実に速かった。宝塚を越すのに 2時間以上かかっていたので自転車の倍くらいかかったことになる。長期休暇の渋滞情報の下調べは重要であることを改めて実感させられた。

そんなわけで大幅に予定が狂って初日は坂越だけしか行けなかった。
御崎で泊ってゆっくりできた。が、携帯の電波が届いたり届かなかったりするので無線 LAN を導入してくれると嬉しい。

さて、当日は朝から旅館で土産物を物色する。いくらか買うが、他も見たいと思い赤穂駅に行く。さらに買って光都へ。ナビに案内させたら相生市街を経由するルートを出す。後で Google マップのルート検索でやってみても似たようなルートだった。竜泉の交叉点を突っ切って行くルートをガイドしてくれるのかと思ったらそうではなかった。

この日は直接車で SPring-8 には入れず、合同庁舎横の共同駐車場までしか行けない。そこから無料のシャトルバスで構内に入る。駐車場の車も凄かったが、バスに乗るのも随分並んだ。SPring-8 が人だらけだった。普段は昼休みの時間に管理棟周辺を通ると適度にわらわらと人が出てくる程度だが、この日は賑わっている公園くらいには人がいた。バス乗り場で行列ができるのはこの日くらいではないか。
ここまで人が多いとは正直予想しなかった。なかなか盛況である。

今回の目玉は XFEL である。個人的にも期待していたが、入れたのは実験研究棟だけだった。加速器棟と光源棟は入れてもらえなかったのでがっかりした。XFEL は調整段階で、まだ実験が行えるようにはなっていないようだ。

加速器も放射光も専門家でもなく、体系的に教わったわけでもないのでこれまで知識が断片的だった。今回の見学でいくらか欠落していた知識が得られたのが収穫だった。SPring-8 でも X 線を利用しているが、XFEL との違いがわからなかったが、それもある程度理解できた。

これまでトイレと自動販売機しか利用したことのない B4 出口からビームラインが見学できたのもよかった。
トートバッグとマーカ、太陽電池付 LED やらパンフレットなどを貰う。スタンプラリーに参加すると冊子をくれた。なんだ冊子かと思って少しがっかりしたが、これがなかなか面白いマンガだ。「エイトハカセ」という 8種類の動物の博士が加速器と放射光についていろいろ解説してくれるのだった。主人公は猫のニャン博士らしいが、これが学者とは思えない無知なやつで、ちょいちょい別の博士らから「キミ、本当に学者か」と詰め寄られる。実は考古学が専門という設定になっているのであまり物理に詳しくないわけだ。
このマンガは http://www.spring8.or.jp/ja/kids/8hakase/ で全部読むことができる。描いているのは研究者の博士らしい。
当日はニャン博士の着ぐるみもいた。最近流行のゆるキャラだが、最尖端の研究施設も緩くなったものである。

耐久消費財? 消耗品?2011年04月17日 21時45分

先週の週末はバックパックとヘルメットを洗濯した。
バックパックは一年以上洗濯しておらず塩を吹いていた。ヘルメットを洗うという発想はなかったが、ちょっと水洗いした後など茶色い汁が垂れるので、思い切って洗ってみることにした。

バックパックは一週間ですでに塩が少し浮いてきた。頻繁に洗うのも面倒なのだが、最低でも 3箇月に一度くらいは洗った方がいいのかもしれない。
ヘルメットを洗うという話はあまり聞いたことがなかったので丸洗いしようと思ったことがなかった。ただ、汗でぼとぼとにはなるのでストラップやら内側のスポンジ部分を簡単に水洗いすることはあった。丸洗いするという発想だけがなかったわけだ。
そういうヘルメットもいつ購入したのかよく憶えていないが、そろそろ寿命ではないかという気がしている。

さらにずっと使い続けているサングラス、所謂アイウェアも 6年くらい使用している筈で、レンズの着脱のしすぎで汗を振り払うためにフレームを振ったらレンズが飛んでいってしまうということがあった。Rudy Project の安いものを購入した使っているが、クリップオンやら、レンズやら買い足しているうちにかなりの金額を注ぎ込んでいる。それがためになかなか新しいものを購入しようという気にならない。ところが、普段用の眼鏡を別に持ち歩いていたりするので面倒ということもあって、新しいものが欲しいと思って随分になる。Exception なんかだと最初から度付レンズ用のフレームがあるので、レンズだけ購入すればいい。で、普段用の眼鏡には遠近両用のレンズを入れれば持ち歩く眼鏡の本数は減らないが、快適な視覚環境が得られることになる。

自転車はそろそろ次のタイヤをを準備しておく時期ではないかと思っている。チューブはパッチを当てたすぐ横から微かに空気が漏れているので先週一本廃棄した。予備は 2本あるが、どういうわけかパンクしたり、空気が抜けることが最近多いので何となく不安である。

グローブは今週洗ったが、見たら薬指のところが結構ぼろぼろになってきていた。もう 1セットくらいは欲しいと思っていたところだが、これも遠くない将来、更新しなければならないようである。

最後は自転車そのものだ。いくら調べてもフレームの寿命というものが判然としないのだが、うちの Viale 号は 20,000 km 以上走っているような気がする。ただ、アルミフレームにかなり衝撃をかけ続けているので、おとなしく走っている自転車よりは消耗しているのではないかと思う。最近はハンドル周辺からキーキーと軋む音がすることがあって、これもまた不安な材料である。ドロップハンドルで殆ど乗っていない Jamis もあるが、あれはあれで置いておきたい気もするし、通勤には MTB コンポーネントで V ブレーキのクロスバイクが自分には合っている。雑誌やら自転車の本には 15 km を超える通勤はロードバイクということになっているようだが、クロスバイクに乗り続けていると体がそれに馴れてしまうのでドロップハンドルがいいという気にはならない。さらに、ブレーキの制動性とかけやすさを考えるとドロップハンドルは私の通勤自転車の選択肢には含まれない。ということで雑誌やウェブで次のクロスバイクを探したりもするが、どういうのがいいのかよくわからない。少なくとも明るい色のフレームだけはやめておこうと思うのだった。汚れが目立つのである。
個人的にはクロモリフレームで MTB コンポーネントを付けたクロスバイクというのが適当な重量と適当な価格で売られていればそれにしたいところだが、残念ながらクロスバイクは大抵アルミフレームである。

一日 60 km の通勤はいろんなものを消耗品にしてしまうのだった。

1000 km 達成2011年03月25日 22時00分

11月から片道 30 km の自転車通勤を始めて、初めて月走行距離が 1000 km を超えた。
11月はあと少しというところで届かず、12月は天候不順と宴会その他で自転車に乗る日が少なかった。1月と 2月は膝やら頭の具合がよくなくて走行距離が伸び悩んだ。
すべての出勤日を自転車通勤すると 1200 km 程度になると思うが、まあそういうことはなかなかないだろう。
今月は都合で自転車に乗れるのは残り 2往復だから 1120 km くらいにはなりそうだ。この歳になって自分の記録を更新するようなこともあるのだ。

ところでサイクルメータには最高速度が出るようになっているが、今日は 47.5 km/h だった。瞬間速度だろうと思うが、いつの間にそんな速度が出ていたのだろうか。大抵 42 km/h くらいなものなので、ちょっとよくわからないのであった。